私の知る限り、創造的な仕事をして生き生きと生きている奴は、みな世間をナメきっていた奴ばっかりだってことだ。年寄りになって嬉しいことは、そういうことが自由に言えることだ。新しいことを始めるには顔はともかく心の底では世間をナメている必要があるのだ。
100%信頼しちゃだめよ、98%にしなさい。人間は不完全なものです。それなのに100%信頼するから、許せなくなる。100%信頼した出会いはかえって壊れやすいと思います。『あなたは私を信頼してくれているけれども、私は神さまじゃないから間違う余地があることを忘れないでね』ということと、『私もあなたをほかの人よりもずっと信頼するけど、あなたは神さまじゃないと私は知っているから、間違ってもいいのよ』ということ……そういう『ゆとり』が、その2%にある気がします。
型紙の作者=職人は無名。記録がない。でも、それを基にした欧米のデザインはアーティスト=著作者名つき。日本の型紙はテキスタイル産業の「道具」であり、欧米のデザインは「作品」なのです。ただし、欧米のデザインには、日本の表現への堂々たるパクリと、素直なレスペクトを見ることができます。日本は無名の職人の表現・技術に相応のレスペクトを払っているでしょうか?