作品にCCライセンスをつけるというのは、ぼくのエゴから出てるんですよ。ぼくはP2Pで勝手にデータを流してほしいし、FacebookやTwitterとかでシェアしてもらって、周囲の人たちの間でバンバン読まれてほしいんです。それは、それをやることによって、ぼくという著者の名前が広まるわけですし、書いたものに対してフィードバックがもらえるというメリットが大きいからなんです。
フリーになって肩書が取れると同時に、誰も振り向いてくれなくなりました。より正確にいえば、それまでと同じように接してくれたのは、100人のうち3人だけでした。だから、そのとき決めたんです。この3人を大切にしよう、と。そして、自分は人を肩書で見ることはやめよう、人間性を見つめて、信頼関係を築いていこう、と。
人々は特に意識しなくても「カルチャー」を志向するようになるはずです。グローバルな大量生産は均質な製品を作りますが、それは人々の飢えを満たすためのものでした。しかし、先進国の人々はもはや飢えを満たす以上の満足や刺激を求めています。「もっと多く」ではなく、少なくてもいいからユニークで特別なものがいいのです。
事実確認は可能な範囲でしたつもりだが、いじめた側にも人権があり、教育的配慮が必要と考えた。『自殺の練習』を問いただせば、当事者の生徒や保護者に『いじめを疑っているのか』と不信感を抱かれるかもしれない、との判断もあった。